20150129kan

記事一覧(37)

クーポラだよりNo.34  ~落語「崇徳院」とオペラ「こうもり」~

瀬を早み 岩にせかるる滝川の 割れても末に逢はむとぞ思ふ(滝の水は岩にぶつかると二つに割れますが、すぐにまた一つになるので、現世では障害があって結ばれなかった恋人たちも、来世では結ばれることでしょう。)大和歌壇の宗匠、藤原定家が選定した小倉百人一首の77番歌として知られている情熱的なこの歌の作者は、崇徳(すとく)天皇です。崇徳天皇は第75代の天皇で、保元の乱で覇権争いに敗れ、都を追われ讃岐に流されました。朝廷の邪魔な存在だった崇徳天皇は罪人扱いされ、都に戻ることを生涯許されず、流刑地の讃岐で、46歳で崩御しました。都に戻ることを切望しながらも、その願いが聞き届けられなかった崇徳天皇は、我が身が叶わないなら、せめて我が文字だけでも都に入れて欲しいと、3年がかりで、無欲無心で完成させた写経に、哀しい歌を添えて都へ送ります。浜千鳥 跡は都へ通えども 身は松山に 音をのみぞなく(書き写したわが文字のみは、あの千鳥と同じように都へ辿り着くことができるが、当の自分はこの松山でただ泣き沈むばかりである)しかし、その写経さえも、怨念がこもっているとされて、朝廷から送りかえされてしまいます。送り返された写経を見た崇徳天皇は、怒りのあまり、夜叉のようになったとの伝説が残っています。この悲運の天皇、崇徳天皇の夜叉伝説は、後世の芸術家たちの琴線をくすぐり、浮世絵の題材や、保元・平治物語にも登場しています。江戸時代の奇想天外な発想の絵師、歌川国芳も夜叉と化した崇徳天皇を描いています。

クーポラだよりNo.33 ~六騎(ろっきゅ)とフィガロの結婚~

理由もないのに、心をつかまれて、忘れられない詩に出会います。御正忌(ごしょうき) 参詣(めん)らんかん情人(やね)が 髪結うて まっとるばん寺の 夜明けの 細道に鐘が鳴る逢(お)うて 泣け との 鐘が鳴る「からたちの花」の作詞者、北原白秋が残した「六騎(ろっきゅ)」という詩です。六騎(ろっきゅ)とは、馬に乗った六人の平家落武者のことです。壇ノ浦の戦いに敗れた平氏の残党は四国や九州各地の秘境に落ち延びました。白秋の生まれ故郷にも六人の平家落武者が住み着き、地元住民たちを夜盗から守りました。御正忌(ごしょうき)とは親鸞上人の命日、情人(やね)とは、恋人のことです。クリスマスもバレンタインもなかった、その昔、結婚前の男女が夜明けまで共に過ごすことができるのは、御正忌の夜くらいでした。「六騎」は、六騎伝説が残る北原白秋の生まれ故郷の町で行われる、年に一度の伝統行事、御正忌の夜を待ち焦がれていた恋人たちのせつない心情を表した詩なのです。白秋のお国言葉の柔らかなアクセントが、艶っぽい内容を一層魅力的にしています。この「六騎」の詩に、すっかり心を奪われた私は、昨年秋、オートバイで、六騎伝説が残され、白秋の生家が保存されている福岡県柳川市まで行ってまいりました。

クーポラだより No.32 ~シネマ・クレールとカストラートの発声~

クーポラだより No.31 ~笹だんごとあっぱれジュニアのアニメーション~

旅の面白さは、偶然に出会う味や風景です。入念な下調べに従って、自分の計画通りに、はこんでいく旅も、気持ち良いものですが、行き当たりばったりの旅は、偶然の連続が面白いものです。この夏、青森までオートバイでひとり旅をした時も、忘れがたい偶然の味に出会いました。夜明け前から延々と日本海沿岸の単調な北陸道を何時間も走り、やっと新潟県に入った時のことです。長時間の高速道路のオートバイ運転は、まるでマラソンをしているようです。時速80キロの風を全身でうけとめて走るのが心地良いのは、1~2時間だけです。単調な高速運転は、心も身体も緊張の連続です。休憩のために、オートバイから降りた時、空腹を感じるものの、脂ぎったごちそうは欲しくないのです。消化しやすく、力が出るもの、口当たりの良い甘いものを、身体が要求します。新潟県のサービスエリアの売店で、私は、疲れた心と体を癒してくれそうな食べ物を探しました。カラフルな包装紙に包まれ、お土産用で、日持ちのよさそうなお菓子が陳列棚に並ぶ中、素朴なお団子に目がとまりました。私が暮らす温暖な瀬戸内地方では見かけないほど、大きな笹の葉でくるみ、イグサで数珠つなぎに結んだお団子です。

クーポラだより No.27    ~「ブレーク」のお皿と180開脚~

自由な旅先で、頭を悩ますものは食べ物です。旅行業者が企画した、パック旅行ならば、自分で考える必要はありませんが、個人旅行にこだわるならば、すべてを、自分で判断せねばなりません。短い旅ならば、店構えだけで判断し、適当に入ったお店の味に、あたり外れがあろうと、さほど気にはなりません。しかし、長い旅だと、体調にも関わるので、野菜がしっかり摂れて、栄養バランスの良い食事を提供してくれるお店を探すのにひと苦労です。1994年、イタリア留学を、不完全燃焼で終わり、帰国した私のために、夫は、翌年から連続5年間、冬休みを利用してイタリアへ歌のレッスンに連れていってくれました。毎回、お正月をはさんで、10日間ほど、私と夫は、イタリアに滞在しました。私の歌の先生、カヴァッリ先生は、ミラノ郊外にお住まいだったので、ミラノ中央駅近くのホテル・フロリダを常宿にしていました。ホテル・フロリダの建物は観光客が少ない、ビジネス街の裏通りに面していました。その裏通りは、地元っ子向けのパン屋、お菓子屋、本屋などが、立ち並ぶ、商店街のような、たたずまいでした。庶民的なお店が並ぶホテル・フロリダ界隈に、「ブレーク」という名前のレストランがありました。「ブレーク」は、日本円で、千円も出せば、肉料理もサラダも、デザートまでも、いただけるとてもお財布に優しいセルフ式のレストランです。「ブレーク」の店内に入ると、まず各自、大きなお盆を持ちます。店内は、広いワンフロアで、料理別にエリアが分かれていて、お盆の上に、欲しい料理をのせていき、最後にレジで精算し、食事コーナーでいただくのです。日本のスーパーマーケットで、入店したら、各自、かごを持って、店内を自由に歩き回り、欲しい商品を見つけるシステムとよく似ています。野菜料理は、フレッシュなサラダ、ジャガイモのバター焼き、などが山盛りに用意され、自分で、好きな量を、お皿に取ります。たくさんとっても、少しとっても、一皿のお値段です。肉や魚料理は、専門の料理人が常駐していて、注文すると、美味しそうなステーキを目の前で、好みの焼き具合に、調理してくれます。面白いのは、入店すると、まず、デザート・エリアがあることです。イタリアのケーキは、日本のような、口当たりが柔らかな、ふわふわのスポンジケーキはありません。干し果物や、ナッツ類を混ぜ込んだ、どっしりとした味のタルトばかりです。でも、そのタルトの美味しいこと。イタリアのバターやチーズがフレッシュで濃厚なので、セルフ式の安食堂の味とは思えない、素晴らしい美味しさです。また、ルネサンス発祥の国だけに、タルトの配色の美しいこと。宝石を散りばめたような鮮やかな色合いのタルトが、入店するなり、目の前に、現れるのですから、誰も、その魅力に逆らえません。ダイエットを決め込んでいるらしい、ミラノっ子のOLも、肉料理やパスタは外しても、タルトだけは例外らしく、お盆に、サラダとタルトの大きな一切れをのせています。「ブレーク」の味付けは、全体的に薄味でした。食事コーナーのテーブルに、塩、胡椒、オリーブオイルが用意されているので、味が物足らない人は、後から、好きなだけ、濃くできるようになっているのです。イタリアのお野菜は味が濃厚なので、シンプルな調理方法でも、とても美味しくいただけるのです。薄味志向、野菜大好きな私と夫は、ミラノ滞在中、いつもこの「ブレーク」のお世話になっていました。夫が嬉しそうに何種類ものお料理をお盆いっぱいになるまでのせていたのが、懐かしく思い出されます。自由で、美味しくて、安くて、「ブレーク」は、イタリアの食文化の特徴を凝縮していました。2015年、夫が亡くなり、彼のオートバイで、いろいろな場所へ独りで行くようになりました。