20150129kan

2015年1月19日、深夜、仕事から帰宅後、夫は、突然倒れました。
10日間、意識不明のまま、55歳の生涯を閉じました。
夫とは、1990年、公立中学校で知り合いました。
彼は、美術の先生、私は、音楽の先生。
彼との結婚生活は、全力で人生を駆け抜けていこうとする夫を、必死に支える毎日でした。
多方面にアンテナをはり、勉強家の夫。
大きな身体に繊細な感覚。
独特の審美眼を持つ夫が、残した3台のオートバイ。
カワサキ、GPZ250cc.
カワサキ、KLX650cc.
ビモータ、YB81000cc.
3台とも、

記事一覧(39)

クーポラだより No.38 ~灰汁巻き(あくまき)と張り子の虎と藍染めのワンピース~

薩摩地方に灰汁巻き(あくまき)と呼ばれる素朴な食べ物があります。灰汁巻きは、粽(ちまき)の仲間で、薩摩地方の伝統食です。灰汁巻きには味がほとんどないので、きな粉や黒蜜などをかけていただきます。もち米を、孟宗竹の皮に包んで、樫の灰汁でゆっくりと煮込んでつくられた灰汁巻きは、保存が効き、西郷隆盛が西南戦争で兵糧として持参しました。灰汁巻きの始まりは、関ケ原の戦い(1600年)に、薩摩藩の兵糧として、あるいは、豊臣秀吉朝鮮出兵時(1592年)の携行食として、等、諸説ありますが、干飯(ほしい)のように水で戻す必要がなく、しっとりとして柔らかく、食べやすいのが特徴です。私は、今年2月、オートバイで宮崎県から鹿児島を目指して走っていた時、立ち寄った道の駅(宮崎県小林市野尻町ゆーぱる野尻)で灰汁巻きに出会いました。地元の新鮮野菜やハイカラな手作りパンが並ぶ中、私の目を引いたのは、筆箱くらいの大きさの茶色い竹の皮の巻物でした。ひらがなで「あくまき」と書かれた未知の巻物を、手に取ると、硯(すずり)を持ったときのような、ずっしりとした重みを手のひらに感じました。購入した灰汁巻きを、すぐには食べず、6日間のオートバイ旅を終え、帰宅した夕食用に、竹の皮の包みを開けてみました。

クーポラだよりNo.34  ~落語「崇徳院」とオペラ「こうもり」~

瀬を早み 岩にせかるる滝川の 割れても末に逢はむとぞ思ふ(滝の水は岩にぶつかると二つに割れますが、すぐにまた一つになるので、現世では障害があって結ばれなかった恋人たちも、来世では結ばれることでしょう。)大和歌壇の宗匠、藤原定家が選定した小倉百人一首の77番歌として知られている情熱的なこの歌の作者は、崇徳(すとく)天皇です。崇徳天皇は第75代の天皇で、保元の乱で覇権争いに敗れ、都を追われ讃岐に流されました。朝廷の邪魔な存在だった崇徳天皇は罪人扱いされ、都に戻ることを生涯許されず、流刑地の讃岐で、46歳で崩御しました。都に戻ることを切望しながらも、その願いが聞き届けられなかった崇徳天皇は、我が身が叶わないなら、せめて我が文字だけでも都に入れて欲しいと、3年がかりで、無欲無心で完成させた写経に、哀しい歌を添えて都へ送ります。浜千鳥 跡は都へ通えども 身は松山に 音をのみぞなく(書き写したわが文字のみは、あの千鳥と同じように都へ辿り着くことができるが、当の自分はこの松山でただ泣き沈むばかりである)しかし、その写経さえも、怨念がこもっているとされて、朝廷から送りかえされてしまいます。送り返された写経を見た崇徳天皇は、怒りのあまり、夜叉のようになったとの伝説が残っています。この悲運の天皇、崇徳天皇の夜叉伝説は、後世の芸術家たちの琴線をくすぐり、浮世絵の題材や、保元・平治物語にも登場しています。江戸時代の奇想天外な発想の絵師、歌川国芳も夜叉と化した崇徳天皇を描いています。

クーポラだよりNo.33 ~六騎(ろっきゅ)とフィガロの結婚~

理由もないのに、心をつかまれて、忘れられない詩に出会います。御正忌(ごしょうき) 参詣(めん)らんかん情人(やね)が 髪結うて まっとるばん寺の 夜明けの 細道に鐘が鳴る逢(お)うて 泣け との 鐘が鳴る「からたちの花」の作詞者、北原白秋が残した「六騎(ろっきゅ)」という詩です。六騎(ろっきゅ)とは、馬に乗った六人の平家落武者のことです。壇ノ浦の戦いに敗れた平氏の残党は四国や九州各地の秘境に落ち延びました。白秋の生まれ故郷にも六人の平家落武者が住み着き、地元住民たちを夜盗から守りました。御正忌(ごしょうき)とは親鸞上人の命日、情人(やね)とは、恋人のことです。クリスマスもバレンタインもなかった、その昔、結婚前の男女が夜明けまで共に過ごすことができるのは、御正忌の夜くらいでした。「六騎」は、六騎伝説が残る北原白秋の生まれ故郷の町で行われる、年に一度の伝統行事、御正忌の夜を待ち焦がれていた恋人たちのせつない心情を表した詩なのです。白秋のお国言葉の柔らかなアクセントが、艶っぽい内容を一層魅力的にしています。この「六騎」の詩に、すっかり心を奪われた私は、昨年秋、オートバイで、六騎伝説が残され、白秋の生家が保存されている福岡県柳川市まで行ってまいりました。

クーポラだより No.32 ~シネマ・クレールとカストラートの発声~

クーポラだより No.31 ~笹だんごとあっぱれジュニアのアニメーション~

旅の面白さは、偶然に出会う味や風景です。入念な下調べに従って、自分の計画通りに、はこんでいく旅も、気持ち良いものですが、行き当たりばったりの旅は、偶然の連続が面白いものです。この夏、青森までオートバイでひとり旅をした時も、忘れがたい偶然の味に出会いました。夜明け前から延々と日本海沿岸の単調な北陸道を何時間も走り、やっと新潟県に入った時のことです。長時間の高速道路のオートバイ運転は、まるでマラソンをしているようです。時速80キロの風を全身でうけとめて走るのが心地良いのは、1~2時間だけです。単調な高速運転は、心も身体も緊張の連続です。休憩のために、オートバイから降りた時、空腹を感じるものの、脂ぎったごちそうは欲しくないのです。消化しやすく、力が出るもの、口当たりの良い甘いものを、身体が要求します。新潟県のサービスエリアの売店で、私は、疲れた心と体を癒してくれそうな食べ物を探しました。カラフルな包装紙に包まれ、お土産用で、日持ちのよさそうなお菓子が陳列棚に並ぶ中、素朴なお団子に目がとまりました。私が暮らす温暖な瀬戸内地方では見かけないほど、大きな笹の葉でくるみ、イグサで数珠つなぎに結んだお団子です。