クーポラだよりNo.110~ももたろう自動車学校の卒業検定とバレエの振り付け~


私が初めて二輪を運転したのは音大生の時です。


先輩の男子学生が乗っていたおしゃれなスクーターに興味を惹かれて、試し乗りさせてもらったのです。


スクーターの運転操作は単純です。


ハンドルの右側がアクセルで、アクセルレバーを真上から握って、手前から外へ向かって手首を回すだけで加速します。



ブレーキは、自転車と同じです。ハンドルの右側に前輪ブレーキ、左に後輪ブレーキレバーが付いています。



スクーターは大きなオートバイのように車体を両足ではさむ必要がないので、椅子に座るように、両足をそろえて乗ります。



先輩のスクーターはヤマハから新発売された「Jog(ジョグ)」という可愛い車体で、ジョグのシートにスカート姿で座った私は、右手でアクセルレバーを不用意に大きく回しました。



するとジョグは急加速して走り出し、驚いた私はバランスを崩して、ブレーキをかけることもできず、50メートルくらい下り坂を暴走したあと転倒してしまいました。



幸いにも、手を少し擦りむいたくらいで大きな怪我はありませんでしたが、エンジンの反応の速さが衝撃的で、トラウマとなり、ジョグでの転倒以来オートバイ恐怖症となった私はオートバイ好きの夫と結婚しても、自ら二輪免許を取得しようとは、夢にも思わなかったのです。



しかし、夫が突然、この世を去ったことで彼の愛車が遺されました。


オートバイは数か月も放置すると動かなくなってしまいます。



ジョグの転倒で負ったトラウマは消えていませんでしたが、そんな甘えは言っていられません。



夫が大切にしていたオートバイを他人にゆだねることに耐え難い私は恐怖を押し殺し、二輪免許を取得することにしたのです。



9年前、今のようにパソコンを使いこなしてインターネット検索する能力がなかった私は、古典的な方法、つまり職業別電話帳でしらみつぶしに近隣の自動車学校に二輪教習をしてくれるかどうかを尋ねました。



するとほとんどの自動車学校は4輪中心で、2輪教習の枠はあるけれど、指導者不足で、何か月も順番待ちしなくてはならないとのこと、やっとの思いで見つけたのは、新岡山港に近い『ももたろう自動車学校』で、珍しいことにその学校は二輪専門でした。



夫が遺したオートバイは3台もあり、カワサキGPZ250R、KLX650、ビモータYB8です。



この3台に乗るために、どんな二輪免許が必要なのかもわからないので、学校に問い合わせると「まず中型二輪免許が必要ですね。」という答えが返ってきました。



中型二輪とは、エンジン125㏄以上400㏄以下です。



オートバイ恐怖症のきっかけになったジョグは50㏄なので、いきなり倍以上もパワーのある二輪免許に挑戦するのかと、身がすくむ思いでしたが、教習初日がやってきました。



2016年1月11日(月)、夕方6時、寒風吹き荒れる日没後、最初の課題は倒れたオートバイの引き起こしです。



中型二輪教習用の車体はホンダCB400(エンジン400㏄)です。



CB400の車体重量は約190㎏、どんなに私が頑張っても、車体を持ち上げるどころか、びくともせず、初日早々失格かなと、落ち込んでいると、「そのうち起こせるようになりますよ、心配しなくてもいいですよ。」と担当教官が優しく励まして下さり、合格のハンコをくれました。



教習2回目は、2016年1月22日、この日の課題は、オートバイの発進と停車です。



スクーターと違って中型二輪はクラッチがあるので、発進には半クラッチ操作という難所をこえなければなりません。



二輪のクラッチは左ハンドルに付いています。右手でアクセルレバーを回しながら、左手のクラッチレバーをちょうど良いタイミングで離すと、オートバイが発進するわけです。

スクーターのようにアクセルを回すだけでは発進しないので、心の準備をする余裕はありますが、クラッチをつないだあと低速過ぎるとエンストし、バランスを崩し「立ちごけ」してしまいます。



半クラッチができても、トラウマが邪魔してアクセルを開けられず(二輪はある程度スピードが出ないとバランスがとりにくい)低速過ぎてフラフラするので、教官がオートバイの荷台を持って支えながら一緒に走ってくれました。



ももたろう自動車学校では、男性の場合、中型二輪免許取得まで速い人なら2週間、遅くても1ヶ月です。怖がりの私は、3か月もかかってしまいましたが、教官たちのおかげで、2016年3月28日に無事卒業検定に合格しました。



あとから知ったことですが、教官は、臆病過ぎる私を不安にさせないよう、通常ならばグループで行う教習を、一対一になるよう配慮してくれていたそうです。



ももたろう自動車学校の教官は、私の半分くらいの年若の優しい青年で、どんなに失敗しても教官から怒られることはなかったのですが、一度だけ、とても厳しい言葉で怒られました。



それは、卒業検定が近くなったとき、私が課題コースの順番を完璧に覚えていなかったからです。



ももたろう自動車学校の卒業検定は、普段教習で走行しているコースで実施されますが、検定用に特別ややこしく組まれた順番のAとBの2種類のコースがあり、検定本番まで、どちらが指定されるかはわからないのです。



それを曖昧にしか覚えていなかった私は、模擬検定の時に、コースがわからなくて立ち往生し、優しい教官を怒らせてしまいました。



「オートバイの運転技術がいくら上手になっても、コースをきちんと覚えられないと公道で安全に走れませんよ!」

いつになく厳しい表情の教官にビックリし、喝が入った私は暗記用のコース表を自作し、必死に順番を暗記したおかげで卒業検定は1回で合格しました。



その時は、なぜコースを覚えることがそんなに重要なのか、よく理解できていませんでしたが、あちこちオートバイで出かけるようになって、教官が怒った意味がわかりました。



オートバイは二輪という特性上、バランスをとることに大きく神経を使いながら、また常に風受けつつ運転しているので、自分で思った以上に体力を奪われています。目的地までの道順が不安なままの運転は、走行中、突発的に何か起きたときの危険回避能力が鈍ります。



二輪で公道を安全に走行するには、技術の習熟よりも目的地まで自信をもって走れるよう道順を記憶しておくことが不可欠です。



ところで、バレエでも振り付けの順番を記憶することがとても大切です。



美しくバレエを踊るために、柔軟性を高める、身体をシェイプアップする、筋力をつけるなど、いろいろ努力目標はありますが、振り付けを覚えないことには、バレエを踊れません。音楽ならソリスト以外は楽譜を見ながらの演奏は許されていますが、バレエはソロであろうがコールド(群舞)であろうが、振り付けの順番を暗記していることが絶対です。



早いもので、オートバイに乗り始めて9年目となりました。



怖がりの私が50歳を過ぎてから二輪免許を取得し、九州や東北までオートバイの独り旅ができるまでになったことは、ももたろう自動車学校の優しくて厳しい教官のおかげもありますが、32歳から始めたバレエで、振り付けを覚えようと必死にお稽古を積み重ねてきたおかげもあるのかなと思います。

2024年4月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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