クーポラだよりNo.108~私とイタリア語~


留学を目指して、一生懸命イタリア語を勉強していたころ、思うようにイタリア語が口から出でなくて、歯がゆい思いをしました。


私に本格的なイタリア語を勉強できる好機が訪れたのは1990年、27歳の時です。


岡山市に在住していたマリア・ローザさんというイタリア人女性を、知人を通じて紹介してもらい、彼女の家で個人レッスンを約3年間受けました。


独身時代のマリアさんは小学校の先生で、イタリアに留学していた天野恵さんという男性と大恋愛の末に結婚し、日本にやってきたのでした。


天野さんは京都の人でしたが、一時期、山陽女子短大で助教授をしていたので、その時だけ岡山市内に住んでいました。


マリアさんとの間には10歳になる愛らしい双子のお嬢さんがいました。


マリアさんファミリーの中で、母国語が日本語なのは天野先生だけですが、先生の専門はイタリア中世絵画の研究なので、ご家族との会話が日本語でなくても、ストレスはまったく感じないそうで、マリアさんご一家の日常会話はいつもイタリア語でした。



日本にいながら、ネイティブのイタリア語を話すご家庭に毎週のようにお邪魔して、本物のイタリア人から直接レッスンを受けることができたなんて、これ以上の恵まれた機会はあり得ないでしょう。



しかし私の口からは、なかなかイタリア語が出てこず、マリア先生に申し訳なく思ったものです。



イタリア語は日本人にとって発音はとても簡単なのに、文法は難しいです。



中高大学を通じて学んだ英語では、さほど文法の理解に苦しむことはなく、むしろ得意な方でしたのに、イタリア語の文法はそれとは比較にならないぐらい難解で、文法書を黙読するぐらいでは、到底理解できません。



イタリア語の文法について説明されている文字を目で追ってはいるのですが、気がつけば、目の前を字が通り過ぎているだけで、内容は理解できていないのです。



黙読ではだめだと、文法書の丸写しをして、「書く」という行為で、理解しようとしましたが、やはり会話にはつながってくれないのです。



例えば、英語には過去の時制は、過去形と過去進行形と過去完了の3種類です。



具体例を上げると


He played the piano.(過去形 彼はピアノを弾きました)

He was playing the piano yesterday.(過去進行形 彼は昨日、ピアノを弾いていた)

He has always played the piano. (現在完了 彼は昔からピアノを弾いている)



けれどもイタリア語の過去時制は、近過去、半過去、大過去、遠過去、先立過去の5種類で、その上、主語によっても動詞の語尾が6種類も変化します。



主語によって動詞の語尾が変わるという習慣は、日本語にはないので、イタリア語で会話をしようと思った時、6種類の人称変化を考えるだけで、言いたいことが頭の中で固まってしまうのです。



観光旅行でお土産を買う程度の会話なら、お決まりのパターンがあるので、ハードルも高くないのですが、ちょっと内容のある話題をマリア先生と会話しようとすると、たちまち私は、聞き手に回る一方で、すぐに口から出てくるイタリア語は、「Si」か「No」、あるいは「Ho(オ) capito(カピート)=わかりました」「Non(ノン), ho(オ) capito(カピート)=わかりません」でした。


耳から入ったイタリア語はわかるのに、口からはイタリア語が出てこないというジレンマが3年以上も続いたのですが、2つのことを実行するようになって、思ったことがイタリア語となって口から出るようになりました。



1つ目は好きなイタリア映画のセリフを書きとれるまで何度も見たことです。



当時の私がお気に入りだったのはヴィスコンティ監督の映画で、その中でも燃えるような瞳をしたアリダ・ヴァリ主役の「夏の嵐」が好きでした。



「夏の嵐」の1866年に起こった普墺戦争を(プロイセン王国とオーストリア帝国)時代背景にした恋物語で、ヴァリが扮するのは、ヴェネツィア侯爵夫人リビアです。



リビアは愛国心の強い毅然とした人妻でしたが、ヴェネツィアに駐屯していた若いオーストリア将校と激しい恋に落ちます。



生真面目な彼女は本気で将校を愛してしまい、侯爵夫人の身分さえも捨てるつもりでしたが、将校の本心を知った彼女は恐ろしい選択によって、恋人に断罪を与えて、強制的に恋を終わらせしまうのです。



映画は、リビアの回想から始まります。



Tutto(トゥット) é(エ) cominció(コミンチョ) quella(クゥエッラ) sera(セーラ), era(エーラ) ventisette(ヴェンティセッテ) Marzo(マルツォ)(=すべては、あの夜から始まった。あれは、5月27日だった。)



日本語に翻訳すると何やら意味深なセリフですが、イタリア語の文法で分析すると、「cominció=始まった」の遠過去と、「era=だった」半過去の2種類の時制が使われた奥行きのある詩的な表現で、これは複雑な文法をもつイタリア語だからこそ可能な表現でもあるのです。



こうやってお気に入りの映画のセリフをお手本に、複雑な文法を持つイタリア語の使い方を私は学んでいきました。



そして、もう1つの方法は、天野先生に教わったことですが、毎夜寝る前に、自分の一日の行動を頭の中でイタリア語にしてみるのです。



この方法も、とても効果的です。



自分の好きなイタリア映画のセリフを覚えるまで見ること、自分の行動を自分でイタリア語に置き換えてみること、もう何年もご無沙汰しています。



かろうじて毎日イタリア語の国営ニュースRAIをインターネットで見るくらいで、イタリア語力がどのくらい落ちているのかさえも未知数です。



せっかく身につけたイタリア語です。



もう留学することはないでしょうが、大好きな言語なので、自分の楽しみのために、今年はイタリア語の自学自習を再開しようと思っている私です。



2024年2月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

0コメント

  • 1000 / 1000