クーポラだより No.38 ~灰汁巻き(あくまき)と張り子の虎と藍染めのワンピース~
薩摩地方に灰汁巻き(あくまき)と呼ばれる素朴な食べ物があります。
灰汁巻きは、粽(ちまき)の仲間で、薩摩地方の伝統食です。
灰汁巻きには味がほとんどないので、きな粉や黒蜜などをかけていただきます。
もち米を、孟宗竹の皮に包んで、樫の灰汁でゆっくりと煮込んでつくられた灰汁巻きは、保存が効き、西郷隆盛が西南戦争で兵糧として持参しました。
灰汁巻きの始まりは、関ケ原の戦い(1600年)に、薩摩藩の兵糧として、あるいは、豊臣秀吉朝鮮出兵時(1592年)の携行食として、等、諸説ありますが、干飯(ほしい)のように水で戻す必要がなく、しっとりとして柔らかく、食べやすいのが特徴です。
私は、今年2月、オートバイで宮崎県から鹿児島を目指して走っていた時、立ち寄った道の駅(宮崎県小林市野尻町ゆーぱる野尻)で灰汁巻きに出会いました。
地元の新鮮野菜やハイカラな手作りパンが並ぶ中、私の目を引いたのは、筆箱くらいの大きさの茶色い竹の皮の巻物でした。
ひらがなで「あくまき」と書かれた未知の巻物を、手に取ると、硯(すずり)を持ったときのような、ずっしりとした重みを手のひらに感じました。
購入した灰汁巻きを、すぐには食べず、6日間のオートバイ旅を終え、帰宅した夕食用に、竹の皮の包みを開けてみました。
丁寧にきっちりと巻かれた竹の皮をほどくと、飴色に光る餅が顔を出しました。
包丁を入れてみると、粘り強く、小分けにするのに、難儀しました。
つやつやと炊き立てのごはんのように光る、飴色の灰汁巻きを、ひと口食べると、スーッと旅の疲れがとれました。
調べてみると、灰汁巻きは、薩摩地方では端午の節句に食べられる行事食と知りました。
端午の節句には、柏餅に鯉のぼりが一般的ですが、この灰汁巻きのように、地方によって特色ある食べ物やお飾りがあります。
私の郷里、岡山県では、端午の節句に張り子の虎を飾ります。
灰汁巻き同様に、張り子の虎の意味も、つい先月の4月2日まで知らなかった私ですが、一枚の油絵に描かれていた張り子の虎で、その意味を知りました。
張り子の虎の油絵を描いたのは、竹久夢二と同じ岡山出身の画家、国吉康雄(くによしやすお)です。
国吉康雄は、10代で単身アメリカに渡り、さまざまな職種を経験しながら絵を勉強して、日本人ながら、アメリカを代表する画家として認められ、ニューヨークでその生涯を終えました。
母国日本では、国吉康雄の生前には、その才能が理解されませんでしたが、近年、徐々に見直され、回顧展が開かれるようになりました。
先月4月、桜が満開の中、瀬戸内海を見渡せる小さな海辺の町、牛窓町の美術館で国吉康雄の展覧会が開催されるのを知って、私は仲良しの友人と行ってきました。
国吉の油絵はセピア色で、くすんだ色調が、特長です。
デフォルメされた国吉の人物画は、鬱積された都会生活に暮らすアメリカの人々の不満や、ため息が聞こえてきそうです。
けだるそうなポーズでタバコをくゆらせる下着姿の女性画を国吉がニューヨークで描いた頃、同時代の日本では同郷の竹久夢二が赤い振袖のたおやかな立田姫を描いて人気絶頂でしたから、国吉の絵がいかに斬新で、時代を先取りしていたかがわかります。
国吉展では、沈んだような色調で、ものうげな人物画が多かったのですが、黄色と赤色が鮮やかな、可愛い張り子の虎を描いた絵に私は強く惹かれました。
同行の友人が、張り子の虎の由縁を教えてくれました。
男子の健やかな成長を願う、端午の節句には、岡山では昔から武者人形と合わせて張り子の虎を飾る風習があるのだと。
また、国吉康雄の展覧会が開かれた牛窓町から車で10分ほどの邑久町の竹久夢二の生家の敷地内に張り子の虎の工房があることも。
私と友人は、国吉展のあと、邑久町の張り子の虎の工房に行ってみることにしました。
あいにく、工房はお休みのようで、人の気配はありませんでしたが、張り子の虎を作るための、昔ながらの道具がたくさん並んでいました。
郡山市の三春張り子、出雲市の張り子の虎、三豊市、相模原市と、張り子は日本各地で伝統的な技術が現在に伝えられています。
張り子は、型の上に濡れた和紙を貼り付けて、乾燥させ、中の型を取り出して、絵付けを行います。
仕上がりを美しい色合にするために、絵付けの前に和紙の上から胡粉(ごふん)で下塗りをします。
胡粉はハマグリなどの貝殻を何年も天日で乾燥させて粉砕し、ミクロンの単位まで精製された大変手間のかかる顔料です。
気の遠くなるような工程をいくつも経た日本の天然の素材から、張り子の虎が出来上がるのです。
灰汁巻きを作るにも、手間のかかる天然の木灰、樫の灰を使います。
今年2月、私は自分のコンサート衣装に、藍染めの真っ青なワンピースを選びました。
その藍染めは、一点一点、手染めをしている染物工房がつくった、とても手間のかかったワンピースです。
デザイン的には、派手なところはないのですが、しっくりと身体に馴染み、とても歌い易い衣装となりました。
藍染めのワンピースはコンサートのお客様にも好評でした。
灰汁巻きや、張り子の虎、藍染めなどのように、日本の伝統的な食べ物や工芸は手間のわりには存在主張がなく、派手さもありませんが、飽きのこない素朴な親しみやすさがあります。
国吉康雄は故郷から遠く離れた異国アメリカの地で学んだ絵画技法で、張り子の虎を描き、印象的な一枚を残しました。
私も日本の伝統的なものの良さを再発見し、吸収しながら、イタリアで学んだ発声法で歌っていこうと思います。
2018年4月29日
大江利子
0コメント