クーポラだよりNo.34  ~落語「崇徳院」とオペラ「こうもり」~


瀬を早み 岩にせかるる滝川の 割れても末に逢はむとぞ思ふ


(滝の水は岩にぶつかると二つに割れますが、すぐにまた一つになるので、現世では障害があって結ばれなかった恋人たちも、来世では結ばれることでしょう。)



大和歌壇の宗匠、藤原定家が選定した小倉百人一首の77番歌として知られている情熱的なこの歌の作者は、崇徳(すとく)天皇です。



崇徳天皇は第75代の天皇で、保元の乱で覇権争いに敗れ、都を追われ讃岐に流されました。



朝廷の邪魔な存在だった崇徳天皇は罪人扱いされ、都に戻ることを生涯許されず、流刑地の讃岐で、46歳で崩御しました。



都に戻ることを切望しながらも、その願いが聞き届けられなかった崇徳天皇は、我が身が叶わないなら、せめて我が文字だけでも都に入れて欲しいと、3年がかりで、無欲無心で完成させた写経に、哀しい歌を添えて都へ送ります。



浜千鳥 跡は都へ通えども 身は松山に 音をのみぞなく


(書き写したわが文字のみは、あの千鳥と同じように都へ辿り着くことができるが、当の自分はこの松山でただ泣き沈むばかりである)



しかし、その写経さえも、怨念がこもっているとされて、朝廷から送りかえされてしまいます。



送り返された写経を見た崇徳天皇は、怒りのあまり、夜叉のようになったとの伝説が残っています。



この悲運の天皇、崇徳天皇の夜叉伝説は、後世の芸術家たちの琴線をくすぐり、浮世絵の題材や、保元・平治物語にも登場しています。



江戸時代の奇想天外な発想の絵師、歌川国芳も夜叉と化した崇徳天皇を描いています。



2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」では、崇徳天皇役に日曜美術館の司会をつとめる井浦新が迫力ある夜叉ぶりで印象的な演技を残しました。



崇徳天皇の陵墓は香川県坂出市の白峰寺に隣接しています。



白峰陵(しらみねのみささぎ)と呼ばれ、宮内庁の管轄下にあり普段は、一般人は参拝できません。



その地を訪れたことのある夫の「真夏にもかかわらず、白峰陵の真上だけは雲が垂れ込め、ただならぬ気配を感じた」という神秘的な感想が懐かしく思い出されます。



崇徳天皇は、「崇徳院」という題目で、古典落語にもなっています。



ただし、崇徳天皇が落語の主人公ではなく「瀬をはやみ~」の歌にまつわった町人の恋物語です。



古典落語は、「崇徳院」のように日本の文化や伝統を巧みに織り交ぜた独り芝居です。



噺家は声色や仕草を行く通りにも使い分けて、たった一人で何人も演じます。



古典落語を聞く側は、同じ作品でも、噺家によって表現される面白さの違いを楽しみます。



古典落語「崇徳院」は30分もの大作で、噺家大御所の演目とされており、例えば、その名人とされる三代目桂米朝と二代目桂枝雀は師弟関係ですが、両者ともまったく違う味わいの面白さを表現しています。


オペラも、古典落語と似た楽しみ方ができます。



オペラハウスで上演される演目は、どの国のオペラハウスもだいたい似ています。



「カルメン」「蝶々夫人」「椿姫」「フィガロの結婚」などの定番演目は、熱心な聞き手はそれぞれのオペラの細かなストーリーも音楽も熟知しており、同じオペラでも歌手や演出家によって異なる演奏表現を楽しみにしているのです。



落語は、春は「貧乏花見」夏は「千両蜜柑」、年末は「富くじ」というように、季節感あるものが上演されますが、オペラも同様に、季節によって上演する恒例の演目があります。



音楽の都ウィーンの、国立オペラハウスでは、大晦日に「こうもり」というオペラを上演するのが恒例です。



「こうもり」は「美しき青きドナウ」の作曲家ヨハン・シュトラウス二世の作品です。



「こうもり」は親しみやすく覚えやすいメロディーで、茶目っ気あふれた、粋で楽しいオペラです。



見る側は楽しい「こうもり」ですが、歌手の技量はとてもハイレベルを要求されるので、

さまざまな名歌手によって、たくさんの名盤が映像として残されています。



夫は「こうもり」が大好きで、何種類もの「こうもり」の映像をそろえており、私たちは、演出の隅々まで覚えてしまうほど、お気に入り盤の「こうもり」を見ていました。



そして、1997年12月31日、私たちは、ウィーン国立オペラハウスの立見席で「こうもり」を楽しみました。



歌手に代わって歌えるほどに、「こうもり」の予習をしていた私たちは、異国の地であることを忘れるほどに、くつろいでオペラを楽しみました。


落語もオペラも、初めてでも充分に楽しめるものですが、あらかじめ内容を知っておくだけで、その楽しさは倍増します。



堅苦しいと思われがちな古典芸術のオペラも、ほんの少し予備知識を入れるだけで、楽しい世界が広がるのです。



夫とともに、異国の地で国籍を越えた人々と「こうもり」というオペラを通して音楽の喜びを共有できたことは、私にとって人生の宝物です。



たくさんの人に、古典芸術の楽しみを知ってもらい、荷物にならない心の宝物を増やして欲しいと願い、私はクーポラだよりを書き続けるのです。


~つづく~

2017年12月29日

大江利子



(ウィーン国立オペラハウスの廊下の鏡の前で自撮りている夫 大江完 ↓ )

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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