クーポラだより No.31 ~笹だんごとあっぱれジュニアのアニメーション~
旅の面白さは、偶然に出会う味や風景です。
入念な下調べに従って、自分の計画通りに、はこんでいく旅も、気持ち良いものですが、
行き当たりばったりの旅は、偶然の連続が面白いものです。
この夏、青森までオートバイでひとり旅をした時も、忘れがたい偶然の味に出会いました。
夜明け前から延々と日本海沿岸の単調な北陸道を何時間も走り、やっと新潟県に入った時のことです。
長時間の高速道路のオートバイ運転は、まるでマラソンをしているようです。
時速80キロの風を全身でうけとめて走るのが心地良いのは、1~2時間だけです。
単調な高速運転は、心も身体も緊張の連続です。
休憩のために、オートバイから降りた時、空腹を感じるものの、脂ぎったごちそうは欲しくないのです。
消化しやすく、力が出るもの、口当たりの良い甘いものを、身体が要求します。
新潟県のサービスエリアの売店で、私は、疲れた心と体を癒してくれそうな食べ物を探しました。
カラフルな包装紙に包まれ、お土産用で、日持ちのよさそうなお菓子が陳列棚に並ぶ中、
素朴なお団子に目がとまりました。
私が暮らす温暖な瀬戸内地方では見かけないほど、大きな笹の葉でくるみ、イグサで数珠つなぎに結んだお団子です。
飾り気のない赤い文字の紙片には「笹だんご」と書かれていました。
作りたてらしく、笹だんごを入れたビニール袋には水滴がついています。
一袋だけ購入し、ベンチで笹の葉を広げてみました。
新しい畳から匂うイグサ独特な良い香りがし、薄緑のふたこぶのヨモギのお団子が顔を出しました。
ほおばってみると、程よい甘さの粒あんが入っていました。
もちもちとした歯触りで、粘りのある求肥(ぎゅうひ)と餡子(あんこ)が、私の疲れた心を溶かし、再び走り出す気力をくれました。
笹だんごの味が忘れられず、自宅で再現しようとしましたが、岡山では、お団子を包む熊笹が見つからず、作るのをあきらめました。
熊笹は雪が降る寒い地方にしか自生しないのです。
笹だんごの味に思い馳せつつ、夏が終わり、夏目漱石の小説「坊ちゃん」の舞台の松山へも
オートバイで行って参りました。
道後温泉の重厚な木造建築やレトロな市内電車を目にして、学生時代に読んだきり、手に取ったことのなかった「坊ちゃん」を再読したくなりました。
夫がそろえてくれていた、旧仮名づかいの古い文庫本で「坊ちゃん」を読み始めて、私は驚きました。
「坊ちゃん」にあの「笹だんご」が登場していたからです。
ただし、正確には「笹飴」です。
新潟では、昔から、防腐効果のある笹の葉で甘いものを包むおやつがよく食べられてきました。
お団子を包むと笹だんごと呼び、水飴を包むと笹飴と呼びます。
夏目漱石はこの笹飴が大好物でした。
「坊ちゃん」の一節に「笹飴」を見つけ、文学の世界と自分の体験がつながったような気がしてとても嬉しくなりました。
「坊ちゃん」の笹飴体験と似たようなことが13年前の秋、長野の美しい高原道路ビーナスラインを車で走っている時にも起こりました。
愛車の黄色のインプレッサを運転していたのは夫です。
車窓から広がる蓼科高原の秋の景色に、私たちは見とれていました。
九十九折(つづらおり)のカーブをぬけるたびに、なだらかな草原と透き通るような青空が近づいてきます。
ビーナスラインの標高の最も高い地点にさしかかった時、私たちはふたり同時に「わー!」と声をあげました。
今までの景色は、刈り穂畑のような黄色の丘陵だったのに、突然、真っ白な綿毛がふわふわ揺れるススキの高原に変わったからです。
そしてこのススキの景色は岡本忠成(おかもとただなり)が演出したアニメーションのワンシーンにそっくりだったからです。
岡本忠成とは、宮崎駿より9歳年上のアニメーションの演出家です。
ただし、ジブリ映画のように、漫画が動くアニメーションではなく、お人形や毛糸、折り紙など、動く素材が面白いのです。
岡本忠成は、少人数で、他に例のないアニメーションを作りました。
岡本忠成のアニメーションはNHKの「みんなのうた」で、見ることができます。
「オナカの大きな王子さま」や、「メトロポリタン美術館」など、歌詞の雰囲気にピッタリのかわいらしいアニメーションです。
岡本忠成作品の大きな特徴は、わかりやすさと短さです。
大劇場で公開されるアニメーション映画は、マニアでないと、内容に共感できないものも多いのですが、岡本作品は昔話などを形にしたアニメーションなので、老若男女誰にでも、受け入れられます。
夫、大江完は、岡本忠成のアニメーションにとても憧れていました。
アニメーター志望だった夫は、大学卒業時、岡本忠成に、自分の将来について相談に行ったほどです。
岡山のローカルテレビ番組で、「あっぱれジュニア」という短い番組がありました。
地元の小中学生が頑張っている姿を紹介する内容です。
夫はこの番組のタイトルアニメーションの演出を2000回以上にわたって独りで仕上げました。
2000回を超えた頃、夫の言葉は「岡本さんにこれを見せたいな、褒めてくれるかな。」でした。
その言葉の数か月後に、夫は岡本忠成の世界に旅立ってしまいます。
夫の演出した「あっぱれジュニア」のタイトルアニメーションは、岡本作品のように素朴で、わかりやすく、どこか懐かしいオリジナルな作品です。
私の笹だんご体験のように、偶然に出会った味や風景に、どこか懐かしさを感じて、その体験が、文学や音楽、絵画などの芸術につながる瞬間は、得も言われぬ喜びです。
生前の夫は、自分の演出作品に大江完の名前をつけて世に公表しませんでした。
しかし彼の演出作品は人々の懐かしい体験と芸術をつなげる橋渡しをする力があると思います。
いつの日か彼の作品がもっとたくさんの人々の心に芸術を届けることを願って、クーポラだよりを書き続けようと思います。
2017年9月29日
大江利子
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