クーポラだより No.26 ~ワルツとジュテ~


周防(すお)監督は、作品数は少ないけれど、ユニークな映画を世に送り出しています。



周防監督の代表作「シャル・ウィー・ダンス」は、当時、現役バレリーナだった草刈民代が出演し、とても話題になりました。



「シャル・ウィー・ダンス」は、ひとりの中年男性が、社交ダンスを通じて、社会に埋没しそうな自分を次第に取り戻していく物語です。



「シャル・ウィー・ダンス」のテーマ音楽は、ミュージカル映画の傑作「王様と私」のクライマックスで、主役の女優が歌う曲です。



ミュージカル映画「王様と私」の主役は、イギリス人家庭教師アンナです。



東洋の小さな国のシャム王が、西洋文化を取り入れ、進歩的な教育を我が王子に授けたいと、イギリスからアンナを家庭教師として招いたのです。



シャム国の一夫多妻制や、奴隷制度など、イギリス人のアンナにとって戸惑いと驚きの連続でしたが、アンナは次第に王と心を通い合わせていきます。



実在するこのお話は、まず、小説化され、映画になり、日本でも何度も舞台上演されている、言わばミュージカルの古典と言えましょう。



「王様と私」の数多くの名演のなかでも、1957年のアメリカ映画が、特に有名です。



知的美女、デボラ・カーと眼光するどいユル・ブリンナーが踊る、コミカルで、ロマンチックなダンスシーンは映画史上に残る、名場面となりました。



この「王様と私」の中で、東洋男性の王と西洋女性アンナが、心を通い合わせる名場面に使われた音楽は、ワルツでした。



ワルツは、もともと、13世紀頃、アルプス渓谷チロル地方の農民の踊りが、起源だといわれています。



娯楽が少なかった時代、男女が身体をくっつけて踊るリズミカルなステップは、農民間だけにとどまらず、オーストラリアの市民層にも広がりました。



もとの形は、激しい動きをもつワルツも、次第に洗練され、今のような優雅な形になりました。



ワルツを最も音楽的に高めたのは、オーストラリアの作曲家シュトラウス2世です。



スケーターたちの間で有名な「美しき青きドナウ」は、ワルツ王と呼ばれるシュトラウス2世の代表作です。



また、音楽の都ウィーンの国立歌劇場で、大みそかの恒例行事となっている演目は、シュトラウス2世のオペラ「こうもり」です。



オペラ「こうもり」は、美しく、軽快なワルツで彩られた、わかりやすくて、とても楽しい物語です。



ワルツはシュトラウス2世だけでなく、他の作曲家たちにも愛され、多くの名曲が生まれました。



ピアノの詩人こと、ショパンは、可愛いワルツ、「子犬のワルツ」を作曲しました。



西洋文化の写し鏡のようなワルツは、三拍子です。



この三拍子、実は、日本人がとても苦手な拍子です。



日本に古くから伝わる民謡は、二拍子か四拍子です。



「さくらさくら」のように、ゆったりとした四拍子か、「ヤーレンソーラン」のソーラン節のような、軽快な二拍子のどちらかなのです。



二拍子も四拍子も、とても規則正しいリズムで、拍と拍の間が、均等の長さで、リズムが、間延びすることはなく、几帳面で、真面目な日本人の性格にぴったりです。



しかし、三拍子のワルツは違います。



「いち・に・さん」の拍のうち「さん」が、間延びします。



この間延びした「さん」の瞬間に、華やかなジャンプや、ポーズが入ります。



バレエでも最も華やかなステップは、ワルツに合わせて踊られるジャンプです。



このバレエのジャンプには、特別な筋肉の使い方が必要です。



子供の頃、雨上がりの道路にできた、大きな水たまりを飛ぶような感覚です。



まるで、自分の身体の筋肉の中にバネがあって、内側から、筋肉のバネを伸ばすような感覚で、ジャンプするのです。



この「内側をから筋肉のバネを伸ばす」感覚を、自分の意志で、自由自在にコントロール出来るようにお稽古するのが、バレエの「ジュテ」です。



33年間も、日本人として暮らしてきた私は、なかなか、この「ジュテ」が大変でした。



特に、ワルツの三拍子に合わせて「ジュテ」の足が出ないのです。



お稽古場で、私よりも何十歳も若い仲間たちが、軽々と、三拍子のワルツに合わせて「ジュテ」を使ってジャンプするのに、私だけが、お地蔵さんのように、立ち尽くすことが、たびたびでした。



そんな時、顔から火が出るほど恥ずかしかったのを覚えています。



いくつもの、恥ずかしさと、自己嫌悪を繰り返しながら、ある日、ワルツに合わせて、「ジュテ」を使ってジャンプができた時、なんと嬉しかったことか!



そして、それ以来、思いがけない「おまけ」が、私の音楽人生に付くようになりました。



「内側から筋肉のバネを伸ばす感覚」は、高音を発声する時に、また、ピアノで指を大きく広げる時に、とても役に立つようになったのです。



~つづく~

2017年4月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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