クーポラだより No.24 ~西洋の美意識とバレエのお稽古(プリエ)~
京都の太秦(うずまさ)の映画村では、楽しい時代劇体験ができます。
時代劇、撮影用の本物のオープン・セットの前で、殺陣(たて)ショーを見学したり、
姫や、花魁(おいらん)町娘の衣装を身につけて、江戸時代にタイムスリップした気分に浸れます。
この楽しい、太秦映画村のすぐ近くに、東洋のモナリザ、と称えられる仏像に、出会える古いお寺、広隆寺(こうりゅうじ)があります。
広隆寺で、大切に保管されている東洋のモナリザ像は一本の赤松の木から、彫られた弥勒菩薩(みろくぼさつ)像です。
華奢な右手の人差し指を、頬に近づけて、静かに微笑んでおられるお姿は、世界中の人々に、感動を与え続けています。
この静謐(せいひつ)で、気品ある弥勒菩薩像は、日本の国宝第一号です。
弥勒菩薩像の上半身は、衣装を身につけておらず、ほっそりとした腕や、首から肩にかけては、なだらかな曲線を描き、胸板も背中も、すべて、柔和な質感です。
日本の穏やかな自然風景のように、弥勒菩薩像の身体のラインは、柔らかで、優しい線なのです。
弥勒菩薩像のように、身体のラインを柔らかく描く手法は、その後の日本の芸術に受け継がれています。
江戸時代、浮世絵の大家、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の描く美人画、
大正時代、カワイイ小物をデザインし、時代を先取りしていた竹久夢二の大正美人、
昭和の時代、絵本の挿し絵に、パステルカラーの水彩画を描いた、いわさきちひろの少女。
日本人の美しいとする、人の身体は、いつの時代も、柔らかで、角のないラインで、表現されてきました。
一方、西洋では、日本とまったく逆の美的感覚で、人間の身体を表現してきました。
ルネサンスの巨匠、ミケランジェロは、美しいマリア像を、残しています。
磔刑にかけられた、我が息子、キリストの遺体を抱き、哀しむお姿です。
大理石製の、ミケランジェロのマリア像は、まるで、本物の人間のように、写実的で、明確なラインで、彫刻されています。
モナリザの画家、レオナルド・ダ・ヴィンチのマリア様と幼いイエスの絵も、陰影がはっきりとつけられ、写真のように、描かれています。
伏し目がちのマリア様の目鼻立ちは、正確なデッサンで、立体的に描かれ、幼な子イエスの身体には、筋肉まで、描かれています。
ミケランジェロや、レオナルド・ダ・ヴィンチのように、人間の身体のラインを明確に描く手法は、西洋の美意識そのものです。
西洋で生まれたバレエも、この、西洋の美意識、身体のラインを明確にすることが、とても大切です。
では、バレエの中で、身体のラインを明確にするとは、具体的にどうするのでしょう?
それは、西洋の画家たちが、デッサンの練習のために、人の身体の筋肉をひとつひとつ分析しながら描くように、バレエのお稽古では、自分身体の、筋肉をひとつひとつ意識しながら、鍛えていきます。
日常生活では、意識することのない、身体の深部の筋肉を、見つめ、発掘する作業を、お稽古を通して、少しずつ積み重ね、明確な身体のラインを作っていくのです。
バレエのお稽古は、プロのバレエリーナも、始めたばかりの初心者も、まったく同じ動きから、始めます。
「プリエ」と呼ばれる、膝を曲げる動きです。
カエルがジャンプする前に、足を開きながら、膝を曲げる動きです。
背骨を真っ直ぐにし、お尻がでないように、正しい姿勢で、膝を曲げていくと、全身の筋肉が、目覚めはじめ、引き伸ばされるのが、わかります。
プリエは、ゆっくり、動くことがとても、大切です。
ラジオ体操のように、早く動いては、深層筋肉まで、届かないからです。
じわじわと、音楽に合わせて、膝を曲げていくと、寒い冬、薄着のレオタード一枚でも、汗が、出るほどです。
プリエは、地味な動きですが、美しいピアノ音楽が、助けてくれます。
チャイコフスキーや、ショパンなど、有名なクラシック音楽をピアノ・ソロ曲に、アレンジした音楽に、動きを合わせるのです。
33歳で、はじめて、自分の深層筋肉と、会話ができはじめた、私は、このバレエのお稽古が、オペラの発声の助けになると、直感したのです。
~つづく~
2017年2月17日
大江利子
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