クーポラだより No.12 ~美しい日本語とラウラの宿題~
昭和34年から、平成2年まで、30年続いた「兼高かおる世界の旅」という テレビ番組がありました。
兼高かおる、本人と、名司会者、芥川隆行の軽妙なナレーションをはさんだ、 魅力的な旅番組です。
私が子供の頃、1ドルは360円で、外国旅行は、一般庶民には無縁の世界でした。
毎週、日曜日の8時半から始まる「兼高かおる世界の旅」を見ながら、 私は、不思議な外国の映像に魅了されました。
また、兼高かおる の美しい日本語にも、とても、魅力を感じました。
彼女の口から出てくる、ていねいな日本語がとても新鮮で、自然でした。
気取った、嫌味な感じがせず、テレビ画面の中の外国映像と彼女の美しい日本語が、
とてもよく似合っていました。
言語は道具です。
言語は、自分の持っている情報や考えを、他者に伝えるための、手段に過ぎません。
伝える内容が貧しかったならば、ていねいで、美しい言い方は、滑稽です。
「兼高かおる世界の旅」の30分の映像には、膨大な情報量が、凝縮されており、 実際に現地へ足を運んだ彼女が、解説するからこそ、美しい日本語が生きてくる のだと思います。
1993年(平成5年)の夏、ガルニャーノの語学学校で、イタリア語のシャワーを浴びましたが、私の口からは、スラスラとイタリア語は出てきませんでした。
奨学生期限、残り9か月、私はミラノで、新しい語学学校に入りました。
イタリアは観光王国なので、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアなどの人気古都には、楽しい語学研修コースがあります。
料理とイタリア語、ファッションとイタリア語、美術とイタリア語など。 期間も1週間から3か月まで様々です。語学学校が滞在先を確保してくれて、至れり尽くせりです。
ただし、楽しい要素と、語学力の実力向上は正比例しにくいものです。
私は早く、イタリア語の実力をつけたかったので、ビジネスマン用のコースにしました。
私は5~6人の少人数クラスに入りました。
クラス担当は「ラウラ」という名前の若い女の先生です。
イタリアでは、 未婚の女性には、スィニョリーナを、既婚の女性には、スィニョーラを、名前の前につけ、尊敬を表します。
ラウラは既婚者でしたが、スィニョリーナ・ラウラ(ラウラ先生)と呼びたくなるくらい、外見は、可愛い先生でした。
しかし、ラウラは熱血先生でした。
毎日、毎日、どっさり宿題を出すのです。 A4の用紙1枚につき、約40問。 それが2~3枚なので、軽く100問はありました。
ラウラの宿題をしていると、小学生の頃の、算数のドリルや、漢字の書き取りが、
思い出されました。
ラウラの問題は単純で、簡単でした。
ただ、量がとても多いので、じっくり考えるのではなく、スピードが必要でした。
イタリア文をみたら、「読む」よりも、「つかむ」感覚です。 ラウラの宿題のおかげで、
ついに、私の口からイタリア語が滑らかに出てくるようになりました。
しかし、イタリア語が話せる日本人になった私には、新たな課題が出てきました。
ヨーロッパの人たちからみると、日本は不思議な東洋の国です。
日本に関心があるイタリア人から、日本の文化、習慣、行事、政治、思想と様々な質問が私に、
浴びせられるようになったのです。
日本に住んでいたころは、深く考えもしなかったことを、イタリア人に、イタリア語で説明しなければなりません。
祖国に対する貧しい自分の知識を、私はとても恥じました。
日本を出発する前に、もっと新聞や、本を読んでおくべきでした。
日本に好意を持っている外国の人を満足させるには、日頃から、自分の国のことに関心を持ち、
広い視野と勉強が必要だなと、痛感しました。
考えたこともなく、見たこともなく、読んだことがないものを、いくらイタリア語の文法を身につけたところで、イタリア語で表現できるはずがないのです。
さて、私の指揮研究会の続きにもどりましょう。
私の右腕に指揮者筋肉が目覚めてきたので、先輩が次の課題を与えました。
メトロノームの規則的な音に合わせて、軽く握った右手の拳を、空中の同じ一点に、落とすのです。
メトロノームの針は左右に正確に動きます。
メトロノームの針の動きのように正確に、腕を上下に動かすのです。 右手の拳が、必ず、同じ空中の一点を打たないといけません。
連続して、何分間でも、同じ一点が打てるようになると、今度は、同じ二点になりました。
二点を連続して、空中で描くと、二拍子の図形になります。
三点では、三拍子の図形です。
こうして、正確に美しい拍子の図形が空中で描けるようになり、私は、少し得意になっていました。
美しい図形が描けただけで、早くも指揮ができそうな気がしてきたからです。
しかし、ある日、先輩は、「指揮のレッスンを受けにいくから、ビデオテープを一本用意しなさい。」と私に言うのです。
私は「え?レッスンを受けに行くって、どこに?誰に?ビデオテープって?」 困惑している私に、またしても、優しく先輩が、言いました。
「私たち、国立音楽大学の指揮研究会は、指揮者の小松一彦先生のレッスンを受けているのです。」
つづく
2016年2月29日
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