No.7 ~「若い芽のコンサート」と桝本(ますもと)氏

 料理の修業を、

専門に積まれた方の、

包丁さばきの

鮮やかさに、

目を奪われます。


 日本料理の方の、

大根のかつらむきは、


まるで、

オブラートの様な、

薄さですし、 


中国料理の方は、

大きな中華包丁一本で、


どんな食材も、

さばいてしまいます。


 フランス料理の方は、

小さなペティナイフで、

機械も、

かなわないくらいの、

 細かな、

ニンニクのみじん切りを、

瞬時に、

作ってしまいます。


 長年、

主婦業を、

していた私も、

夫を、喜ばせたくて、

どんなものでも、

手作りしました。


 しかし、

いくら、

毎日料理を、

していても、

プロの料理職人の方の様な、

包丁さばきには、ならず、

 じれったい思いを、

したものです。


 お料理は、

野菜の皮を、

剥いたり、

切ったりの、

下ごしらえに、

一番、

手間が、

かかるのです。


 しかも、

この下ごしらえが、

出来上がりの味や、

見た目を、

大きく、

左右するのです。


 ある日、

テレビで、

日本料理の先生が、

次のように、

言っておられました。


 「日本料理の、

プロを目指す人は、

最初に、

大根のかつらむきが、

 綺麗に、

できるようになるまで、

練習するのです。」と。


 中学生から、

ピアノを始めて、

付け焼き刃で、

音楽科に、

もぐりこめた私は、

 この大根の、

かつらむきの練習に、

相当する部分が、

欠落していました。


 山陽女子の音楽科は、

週に一度、

ピアノの個人レッスンが、

 時間割の中に、

組み込まれていました。


 私を三年間、

受け持って、くださった、

先生のレッスンは、

大変厳しく、

丁寧な、

レッスンでした。


 どの曲でも、

まず、片手で、

一音一音の粒を、

そろえて、


 一曲の最初から、

終わりまで、


間違いなく、

弾き通せるまでは、


何度でも、

やり直しで、


 絶対に、

一音たりとも、

ミスタッチが、

あってはならないのです。


 ピアノの鍵盤の上を、

自分の指が、


何か命を持った、

別な生き物のように、


 滑らかに、

流れように、


弾けるように、

なるまでは、


 決して、

両手、同時には、

弾かせてもらえませんでした。


 そして、

この先生の要求に、

応えるためには、

根本的に、

 解決しなければ、

ならない欠点が、

自分にあると、

高校生の私は、

痛感したのです。


 人間の指の力は、


何か、特別に、

楽器の経験が、

ある人でない限り、


 親指が、一番強く、

小指が、一番弱いものです。


 そして、

右利きの人ならば、

右手の指の方が、

強く、よく動き、


 左手の指は、

弱く、鈍いものです。


 しかし、ピアノは、

10本の指が、

全て均等に、

独立して、

動かなければ、

なりません。


 自分の好みの曲だけを、

毎日熱心に、

お稽古しただけでは、

 指は、

自分の、

思うようには、

動いてくれないのです。


 では、

10本全ての指が、

むらなく、

美しく、

はっきりとした音を、

 出せるように、

なるには、

どうしたらよいのでしょうか。


 私は映像で、

ピアニストの指を、

じっくりと、

観察してみました。


 すると、

どんなに速い曲を、

弾くときでも、


手首が、ゆれず、

 指は、アーチ状に、

鍵盤に向って、

伸びています。


 無駄な動きが、

まったくなく、

ひじの角度も、

かわりません。 


そして、肩に、

力は入らず、

上半身は、

しっかりと、

安定しています。


 私は、

離れた音を、

弾くたびに、


手首は揺れるし、


 すぐに、

指が丸まって、

こわばって、

しまうのです。


 私はこれらの欠点を、

まず、直そう、

と思いました。 


手首の上に、

消しゴムを置き、

それを落とさないように、

音階を、

練習しました。


 そして、

その時間を、

確保するために、


朝一番のバスで、

学校に行き、


 学校のレッスン室で、

7時から8時半まで、

毎日練習しました。


 夜は、自宅で、

課題の曲を、

4時間、練習しました。


 夜、寝る前には、

長時間、

ピアノの前に、

座っていても、

姿勢が、

崩れないように、

 腹筋を50回しました。


 そんな日々を、

続けたおかげで、

高校3年生の時には、

 私は、

1曲を弾き通す、

指の力が、

出来ました。


 岡山には、

「若い芽のコンサート」という、

若い演奏家育成のための、

 コンクールが、

あります。


 従来の、

入賞者を、

選考するだけの、

コンクールではなく、

オーデション形式です。


 その「若い芽のコンサート」の、

第1回は、

 私が、

高校3年生の、

昭和56年に、

開催されました。


 私は、

ピアノの先生の、

許可が出たので、

出場しました。


 もちろん、

入賞は、

しませんが、

とても貴重なものを、

2つ、

いただきました。


 1つめは、

審査員長で、

ピアニストの、

遠山慶子氏の、

アドバイスです。


 「あなたの演奏は、

とても硬いので、

楽器や声楽の伴奏を、

すると勉強になりますよ。」と。


 そして、2つめは

「若い演奏家に贈る本」

という題で、

桝本辰夫氏が、

書いた本です。


 とても貴重なことが、

記されていて、

私は、その時から、

大切に、

保管しています。 


桝本辰夫氏は、

大正5年に、

岡山で、

生まれました。


 慶応義塾大学で、

合唱部とオーケストラ部に、

所属され、

家業を継がれるまでは、

 東京で、

様々な、

音楽体験をしました。


 帰岡後は、

地元岡山の、

クラシック音楽の、

振興に貢献し、


岡山大学の、

オーケストラや


 倉敷管弦楽団、


岡山ジュニアオーケストラの、

創設にも、


尽力されました。


 その桝本氏の、

豊富な音楽体験を通して、

感じられた事が、

 わかりやすく、

書かれている、

貴重な本なのです。


 私は夫に、

この本を、

見せたことがあります。


 すると、

夫の口から、


「ああ、桝本のおじさんね。

子供の頃から、

知っているよ。

 僕の家に、

良く来て、

チェロを弾いていたよ。」

という言葉が、

返ってきたのです。


 ~つづく~

 2015年9月29日

 大江利子


クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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