クーポラだより No.73~「愛の妖精」とルーテル教会の建物と「幻想即興曲」~


久しぶりに、外国の長編小説を一気に読んでしまいました。



学生時代には、内容の好き嫌いに関係なく、どんな本でも、手にしたからには最後まで読み通していた私ですが、老眼鏡が必要になった最近では、目の疲れが気になって、本に集中できずに、途中で挫折することが多くなってきていました。



しかし、先日、手に取った外国小説「愛の妖精」は、読めば読むほど、本の中身に惹きこまれて、読み終えた後は、若い頃味わった爽やかな感動を覚えました。



「愛の妖精」は農村に暮らす人々の素朴な感情を芸術にした田園小説です。



農夫バルボーのおかみさんは、双子の兄弟を産みました。



兄はシルヴィネ、弟はランドリーと名付けられ、瓜二つの姿をしたふたりは、ともに金髪で青い目をもち、素晴らしい少年に育ちました。



シルヴィネもランドリーもお互いのことが大好きで、色も食べ物の好みも、行動も考えることまで、常に同じでした。



しかし、ある日、兄弟は引き離されることになりました。



ふたりの仲が良すぎるのを心配した両親は、どちらかをよそに奉公に出すことにし、どちらが家を出るかは、兄弟に決めさせました。



兄弟はさんざん悩み、泣きましたが、気丈な性格の弟ランドリーが、繊細な兄シルヴィネを思いやって、自ら奉公に出ることを申し出たのです。



兄弟のお母さんは、ふたりを引き離したら、ふたりとも寂しさで、どうにかなってしまうのではと、心配していました。



案の定、家に残った兄シルヴィネの方は、沈みがちになり、無気力になっていきましたが、弟のランドリーは外の世界に順応し、たくましい青年に成長して、ファデットという恋人もできます。



そんな弟の成長ぶりを見た兄シルヴィネは、嫉妬から病気になってしまいます。



しかし、ランドリーの恋人の賢いファデットが、シルヴィネを心から看護し、彼の苦しみを解きほぐし、彼女のおかげで、シルヴィネは心の持ちようから病気になったことを悟り、ついには健康を取り戻して、自分の人生を歩み始めるのです。



この「愛の妖精」を執筆したのはフランス人女性、ジョルジュ・サンドです。



サンドは大都会のパリに生まれましたが、両親の事情で、パリから270キロほど南、自然に恵まれたベリー地方のノアンに暮らす祖母に育てられました。



「愛の妖精」に登場する風景はサンドが少女時代を過ごしたノアンのことが色濃く反映されています。



サンドは「愛の妖精」の他にも、農民の世界を描いた素朴な小説を書きましたが、それらを執筆するきっかけになったのは、彼女がある名画を見たことでした。



それはホルバインの「死の舞踏」で、年老いた農夫が畑仕事にあえいでいる傍で骸骨姿の死神が鞭をふるっているというとても陰気で暗い画でした。



現実世界の暗黒面を浮き彫りにした、この「死の舞踏」はサンドの心をひどく痛めたのです。

そして世の中の暗い面よりも、明るい平和な面を芸術にしたいと思ったサンドは「愛の妖精」の他、一連の田園小説を書いたのでした。



73才で生涯を閉じるまでサンドは100冊以上の優れた大衆小説を残しましたが、日本ではさほど彼女の作品は読まれていないようです。



むしろ、サンドはピアノの詩人と称される作曲家ショパンの愛人として有名です。



パリの社交会で注目を浴びていた男装の麗人サンドは、毎年の避暑には、祖母から遺されたノアンの館で過ごしていました。



サンドはその館を芸術サロンとして開放し、お気に入りの文人、画家たちを招待し、ショパンもその中のひとりでした。



当時、ショパンの祖国のポーランドは革命や戦争によって悲惨な状態でした。



愛国者であるショパンはとても心を痛め、病気がちの彼を、サンドはノアンの館で、ファデットのように、心からの看護と、もてなしで、繊細な作曲家にやすらぎの場を提供しました。



サンドの愛に包まれたショパンはノアンの館で「英雄ポロネーズ」「舟歌」など数々の名曲を誕生させました。



今もノアンの館は現存し、ショパンや客人のために振る舞われた料理の道具や居心地のよさそうな客間を見ることができます。



芸術にとって心から安らげる空間は、何よりも大切なものなのです。



私もとても心地よい空間で、幸せな時間を生徒さんたちやお客様と過ごしています。

それは岡山市広瀬町にあるルーテル教会です。



このルーテル教会の建物の外観は淡いクリーム色で、一見すると、おしゃれなカフェのようです。



前庭には、教会にありがちな冷たい石畳ではなく、青々とした芝生が広がり、枕木の塀沿いには愛らしい薔薇が植栽され、シンボルツリーのオリーブの木の薄緑の葉が揺れ、屋内は広いサロンと斜めに高い天井の礼拝堂で、開放感いっぱいの設計です。



グランドピアノが置かれた礼拝堂の中は、牧師先生がミサを執り行う神聖な教卓も、信徒さん達が座する椅子も、すべて移動しやすい軽量な素材で、数分もあれば、コンサートホールに早変わりします。



礼拝堂の音響は素晴らしく、まるでコンサート用に設計されたのではと、勘違いしてしまうほどです。



音楽にとって至れり尽くせりのこの教会の建物は、以前赴任されておられた音楽好きな牧師先生が、古くなった教会を建て替える時に、外部の人に広く活用してもらえるようにと、この斬新な設計にされたそうです。



日曜日のミサや教会行事以外は、何時でも心やすく貸していただけるので、私は自分のコンサートだけでなく毎月の合唱講座や生徒さんの発表会までルーテル教会で行うようになってしまいました。



来月4月10日に迫った第3回目の「みんなの発表会」もルーテル教会で行います。



この「みんなの発表会」では、主催者の私自身も演奏をご披露しますが、超絶技巧で人を圧倒するようなダイナミックな曲に挑戦することが大好きな私が、毎回、素朴な音楽を選曲しています。



今回は、ショパンの作品群ではもっと有名な一曲「幻想即興曲」です。



幻想即興曲は哀愁的な部分と甘く歌うような部分のふたつの面をもつ素朴な名曲です。



ルーテル教会の優しい空間で演奏するのだと思うと、自然と素朴な曲を選んでしまうのでしょう。



お目にかかったことはありませんが、教会を設計された音楽好きな牧師先生の愛を感じながら、「みんなの発表会」で素敵な「幻想即興曲」がご披露できるよう、お稽古に励みたいと思います。



2021年3月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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