クーポラだより No.15 ~眞田(さなだ)さんのコーヒー豆~
昭和50年代のテレビコマーシャルの中で、印象深いものに、
インスタントコーヒーの宣伝がありました。
♪ダバダ~、ダバダバダ~、ダ~♪の歌声が流れ、時代を代表するアーティストが、
コーヒーを飲みながら、仕事にひと息入れるシーンです。
アーティストが手にしていたのは、湯気がたちのぼる、
美味しそうなブラックコーヒーでした。
「違いのわかる男のゴールドブレンド」のキャッチフレーズで、
日本中に、インスタントコーヒーを普及させたコマーシャルです。
インスタントコーヒーは、お湯さえあれば、瞬時にコーヒーが飲めたので、
昭和の高度成長期、時間に追われた職場や、家庭で、とても重宝だったのです。
当時、10代の私も、コマーシャルに感化され、ブラックコーヒーに挑戦しました。
しかし、コマーシャルのように、深い珈琲色になるまで、インスタントの粉を入れると、渋くて、飲めませんでした。
まるで、漢方の煎じ薬を(かんぽうのせんじくすり)飲んでいるようでした。
社会人になり、喫茶店で、本格的なドリップコーヒーをいただくようになっても、
同じで、渋味を和らげるのに、不本意ながら、ミルクの力を借りて飲んでいたのです。
「ダバダバダ~」のコマーシャルのように、美味しく、ブラックコーヒーを味わってみたいな。
そんな、私の秘かな夢が、イタリア留学で、実現しました。
イタリアは、街のあちらこちらに、バール(Bar)と呼ばれる、立ち飲みカフェがあります。
たいていのバールは、京都の町家造りのように、ウナギの寝床で、
入り口から、奥に向かってカウンターが伸びています。
ピカピカに磨きぬかれたカウンターの向こう側には、粋な制服の、バリスタと呼ばれる、お兄さんが、
「ミ・ディーカ=ご注文は何ですか?」の声と共に、ひとなつこい笑顔で迎えてくれます。
バリスタは、コーヒーを入れる専門の職人です。
彼らは、お客の注文を受けると、巨大な機械を使って、美味しいコーヒーを提供します。
あっという間に、コーヒーが出来上がるので、イタリア式コーヒーは、
エスプレッソ(急行)と呼ばれます。
ままごとの食器のように、小さくて、真っ白なカップに、エスプレッソは入れられます。
エスプレッソの表面は、きめ細かい泡に覆われているので、お砂糖を入れても、
すぐには底まで沈みません。
エスプレッソの味は、苦いけれど、まったく渋くなく、むしろ苦味の向こう側には、
甘味さえ感じられるほどの、深くて、濃厚な味わいです。
イタリア人は、このエスプレッソに、ざらざらと、たくさんお砂糖を入れ、
グイッと一気に飲み、リフレッシュして仕事に戻ります。
エスプレッソが、渋くないのには、抽出のやり方に、秘密があります。
蒸気を使ってコーヒーを抽出するのです。
家庭では、「マッキナ」と呼ばれる、金属ポットを、直火にかけて、エスプレッソを抽出します。
「マッキナ」は上下に分かれていて、直火が当たる下部にお水を入れ、エスプレッソ用の、極細に挽いた珈琲豆を、ピチピチに詰めた容器を、はめ込み、コンロにかけます。
お水が、沸騰すると、珈琲豆を通って、金属ポットの上部に、
美味しいエスプレッソ液がのぼってくる仕掛けです。
イタリアの家庭用コンロには、この小さな金属ポットが
乗せられるように、とても小さな五徳が、必ずついています。
私が、美味しいイタリアのコーヒーを知ってから、20年以上たち、
今や日本中、どこでも、エスプレッソが楽しめるようになりました。
しかし、我が家では、本場イタリアでも、味わえないほどの、
極上のコーヒーがいただけます。
それは、夫の親友、眞田さんのおかげです。
眞田さんは、信頼できる、生産農家の生のコーヒー豆を購入し、自前の焙煎機で、
自家焙煎しておられ、定期的に、我が家に届けてくださるのです。
眞田さんが、自家焙煎する際、いちばん手間のかかる作業は、豆の選別だそうです。
キズや割れ、欠け、の悪い豆が混ざっていると、渋みや、雑味が混ざり、
美味しさを半減させるため、眞田さんは、一粒、一粒、よりわけているのです。
眞田さんの自家焙煎豆で、入れたコーヒーは、雑味がまったくなくて、
ブラックコーヒーがとても美味しく飲めます。
普段、眞田さんは、住友化学で、プラスティックの研究開発をされています。
夫とは高校の同級生で、卒業後も、ずっと親交が続いていたのです。
私が、夫から、眞田さんを紹介されたのは、23年前、イタリア留学直前でした。
夫は、「とても素敵な人に、会ってもらいたい。」と言って、眞田さんを紹介してくれました。
眞田さんは、クラシック音楽にも、とても造詣が深く、
特にオペラは、豊富な資料をお持ちです。
夫は、眞田さんの物事に向き合う姿勢を、とても尊敬していました。
仕事もコーヒーもオペラも、自分で考え、自分で調べ、私情をはさまず、公平な判断ができるように、資料を集め、学ぶ姿勢です。
物事を見極める時、自力で、調べ、好き嫌いを抜きに判断するのは、
とても手間がかかり、難しいことなのです。
しかし、眞田さんは、仕事でも、プライベートでも、実践し続けておられるのです。
私に、何よりも欠落している部分です。
夫は、感情的に突き進む私に、危機感を抱いていたのでしょう。
現在は、眞田さんの美味しいコーヒーをいただきながら、自主自学の毎日です。
さて、私の大学時代のヒーロー、指揮研究会のユリ先輩のお話にもどしましょう。
ユリ先輩は、国立音楽大学を卒業後、さらに、指揮者の勉強を積み、
若手指揮者の登竜門の、東京国際指揮者コンクールに入賞され
見事、プロデビューされたのです。
~つづく~
2016年5月29日
大江利子
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