クーポラだより No.102~アカデミックな曲とアカデミックな弾き方~


「どんなに難しいところがあっても、練習で克服し、楽譜に忠実に演奏する」



これは、46年前、地元岡山で難関だった女子高の音楽科の狭き門を突破し、ピアノをアカデミックに弾く環境に身を置くようになった私の中に根付いた犯し難い不文律です。



母校女子高の音楽科は、関東の有名音楽大学への進学率が高く、またそれを前提とした教育カリキュラムが組まれており、そこに集まってきた私の同級生たちは、3,4歳からピアノの個人レッスンを受けてきたエリートたちでした。



そんな同級生に混ざり、13歳からピアノを習い始めた私の指は、彼女たちの指のように、鍵盤の上で思うように自由自在に動いてはくれませんでした。



「自分の指が、同級生のようには動かない」という現実に直面し、私は激しい劣等感と羞恥心から、自分を練習の鬼に変えました。



毎朝、6時半の始発バスに乗り、7時過ぎに登校、授業が始まるまで小1時間、学校の練習室で音階練習、音階練習は指の筋力トレーニングのためです。



授業が終わったら一目散に下校し、家では、バッハ、チェルニー、ベートーベンをそれぞれ1時間、片手ずつゆっくりと練習します。



片手ずつゆっくりと練習する理由は、ゆっくり弾くことによって、自分の指の動きを冷静に観察し、ギクシャクしたり、ミスタッチばかりする箇所を洗い出し、その部分の反復練習を徹底的に行うことにより、苦手箇所をつぶしていくためです。



平日の練習時間は、学校で1時間、家で3時間、合計4時間です。



日曜祭日、長期休暇は、音階以外の練習を倍にして一日7時間、この生活を高校、大学を通し、元旦以外は、一日も休むことなく頑張りました。



その結果、大学4年の夏に受験した教員採用試験の実技試験では、難曲のショパンのピアノソナタ3番の1楽章を選曲し、試験官の前で演奏できるまでになっていました。



しかし、大学卒業後は、すぐに中学校の音楽の先生になったので、学生時代のような練習時間は確保できず、またオペラに興味が移ったこともあり、貴重なプライベートな時間は、声の訓練に使ってしまったので、私の指は、あっという間に、動かなくなりました。



指が、動かなくなるのは、早いものです。



7年間、修行僧のような練習を積み重ねて獲得したテクニックは、たった3か月で失われてしまいました。



中学校の授業で指導する唱歌や合唱などの簡単なピアノ伴奏なら、適当にごまかしながら弾くことができましたが、学生時代のような、アカデミックな曲をアカデミックに弾くことは、もうできなくなってしまったのです。



ところで、アカデミックな曲をアカデミックに弾くとは、どういうことなのでしょう。



そもそも、アカデミックの語源のアカデミーは、哲学者プラトンが紀元前387年頃、アテナ近郊のアカデメイアという名前の地所に学園を開いたことが由来です。



今日では、物事を学問的に探求することや、伝統的な方法を踏襲しながら物事を展開させる時は、何でもアカデミックを使います。



このアカデミックをクラシックのピアノ演奏に当てはめるなら、絶対音楽を楽譜のとおりに忠実に演奏すること=アカデミックな曲をアカデミックに弾くことだと私は思います。



さて、ここで絶対音楽という用語がでてきましたが、絶対音楽とは、クラシック音楽の概念で、それに対立する概念に、標題音楽という用語があります。



まず、標題音楽からご説明します。



標題音楽とは、歌詞をもつ声楽曲や、文学や絵画や劇などから着想を得て作曲された、題名をもつ音楽のことで、ヴィヴァルディ作曲のヴァイオリン協奏曲「四季」やムソルグスキー作曲の組曲「展覧会の絵」などが有名な例にあげられます。



標題音楽の大きな特徴は、聞き手にとって、わかりやすく楽しいことです。



クラシック音楽をよく知らない人にも、標題音楽ならば、題と音楽の内容が密接に関連しているので、ポピュラー音楽のように、すぐに理解できるのです。



それに対して、曲の題をもたない絶対音楽は、その音楽の意味を考えようとすると迷路に入るかもしれません。



絶対音楽は、伝統的な作曲理論に基づきながら、音の新しい展開を探求して作曲、つまり、アカデミックに作曲された、音のためだけの純粋な音楽なのです。



心を落ち着けて、耳を傾けると、とても美しい音楽ですが、曲の構成を知らない人にとっては、耳に心地良すぎて、眠ってしまうかもしれません。



バッハの器楽曲、モーツァルト、ベートーベンの交響曲やピアノ曲のほとんどは、これにあたり、クラシック音楽のコンサートで、心地よく眠ってしまうのは、これらの絶対音楽が演奏されている時が多いです。



そして、母校の高校や大学の入試、学年ごとに年に3回実施された実技試験でも、この絶対音楽によるピアノ曲、すなわち、モーツァルトやベートーベンやバッハのピアノ曲をいかに楽譜に忠実に演奏ができるかどうかが求められました。(卒業試験だけは、リストやドビュッシーなどの標題音楽の演奏も認められましたが)



試験の会場の教室では、気難しい表情の先生たちの面前で、ピアノの椅子に座り、鍵盤の上に置いた自分の指先に、冷たく刺すような視線を感じながら、平然と自分の演奏に集中し、アカデミックな(絶対音楽)曲をアカデミックに(楽譜に忠実に演奏)弾かねばなりません。



試験の演奏時間は、ひとり3分ほどですが、この3分のために、毎日毎日、修行僧のように、日々の練習を積むことが、私の学生時代の課題だったわけです。



今、思い返せば、楽しい標題音楽には目もくれず、真面目な絶対音楽ばかりを練習し続けるという、禁欲的な日々をよくぞ送れたものだと、我ながら感心します。



しかし、アカデミックな弾き方を試される実技試験は怖いけれども、私にとって、ちっとも苦ではなく、むしろ楽しみでさえあったのです。



私の指がもっともっと動いて、大勢の人々を虜にするような素敵な演奏ができれば、コンサートホールの聴衆の前で弾く機会もあったでしょうが、私の平凡なピアノ演奏を、たとえ3分でも、真剣に耳を傾けてくれた聴衆は、試験官を務めた先生たちだけだったのです。



今、試験官だった先生のお立場になって考えてみると、たくさんの学生たちが、アカデミックな音楽ばかりを、アカデミックに演奏するのを、延々と聞くのは、さぞかし、忍耐のいるお時間だったことでしょう。



40年も前のことなので、試験官の先生方のお名前もお顔も忘れてしまいましたが、今ここで、改めてお礼を言いたいです。



なぜなら、3か月で動かなくなった私の指ですが、40歳を過ぎて、もう一度、アカデミックな曲をアカデミックに弾く練習をしたら、数年で学生時代のテクニックを取り戻したからです。



今、私は生徒さんの歌の伴奏やバレエの伴奏のために、短い練習期間で、たくさんの曲を仕上げなければなりませんが、さほど苦労せずに、指が滑らかに動いてくれるのは、試験官に聞いていただくため、学生時代に徹底的に絶対音楽を練習したおかげだと思います。



学生時代のあのアカデミックな7年間は、私の一生の宝物です。

2023年8月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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