クーポラだより No.98~学習指導要領と楽譜付動画~


毎年4月、満開の桜の大木を見ると、小学1年生の時に受けた音楽の授業の楽しさと先生として初めて教壇に立った頃の驚きがよみがえります。



1970年(昭和45年)、私が通っていた岡山市立宇野小学校には、音楽だけを指導する専科の先生がおられました。



一般に、小学校では、すべての教科を担任の先生が受け持つ場合が多いのですが、音楽と図画工作だけは、中学校のように専科の先生が指導される場合もありました。



私は、3、4、5、6年生の時は、担任の先生から、1、2年生の時は、専科の先生から音楽を指導していただきました。



私の小学1、2年生の時の音楽の先生は、ベテランの女性で、アイデアに満ちた授業で、幼少期に必要な音感教育を授けてくれました。



当時、6,7歳だった私は、残念ながらその先生のお名前もお顔も記憶にないのですが、ある日の父兄参観の時、三和音の授業が、とても楽しかったことを鮮明に覚えています。



三和音とは、ドミソとかファラドのように3度音程を積み重ねて、つくった三つの音のことです。



どんな音からも三和音は作れるのですが、代表的な和音は、ⅠとⅣとⅤの和音で、主要三和音といいます。



単純なメロディーならば、この主要三和音だけで作曲もできるし、童謡や単純な歌謡曲の伴奏としても、すぐに応用できます。



バッハやモーツァルトの時代の音楽は、この主要三和音を中心に作曲されたので、シンプルでわかりやすいのです。



ⅠとⅣとⅤの主要三和音には、それぞれの響きに個性があり、その個性を活かした使われ方をします。



Ⅰの響きは、どっしりと安定した感じで、旋律の始まりや終りに使われます。

Ⅳの響きは躍動的で、どこか不安定なので、旋律を展開させる時に使われます。

Ⅴは展開した旋律を結末に導く響きなので、Ⅰの直前に使われます。



次の楽譜はチューリップです。ローマ数字のI、Ⅳ、Ⅴは、チューリップの調、ハ長調の主要三和音(Ⅰはドミソ、Ⅳはファラド、Ⅴはソシレ)で、上記の法則のように、Ⅰ、Ⅳ、Ⅴが使われています。



私の小学校の音楽の先生は、この主要三和音の違いを聞き分けさせるために、和音の当てっこをしてくれました。



先生は、まずピアノでドミソ、ファラド、ソシレを弾いて、響きの違いを児童たちに覚えさせたあと、今度は、何の和音かは、知らせず、いきなり和音を弾いて、児童たちに音を当てさせるのです。



「ドミソと聞こえたら、指1本、ファラドは指4本、ソシレは指5本にして、手を上げなさいね!」



私を含めた、クラスのみんなは、大喜びです。


和音の当てっこを通して、児童たちは、楽しみながら、三和音の響きの違いを聞き分ける力をつけたのでした。



三和音の他にも、先生は、楽譜の読み方を丁寧に教えてくださり、小学3年に進級するまでにはト音記号の譜面なら、けん盤ハーモニカやソプラノ・リコーダー、オルガンでも、弾けるまでになり、主要三和音を使って簡単な作曲もできるようになりました。



楽譜が読めて、和音がわかるということは、実に楽しいものです。



楽譜さえあれば、独りで、音と遊べるのですから。



小学5年の時、今度は担任の先生から、へ音記号の読み方も教えていただいたので、ピアノの楽譜(右手はト音記号、左手はへ音記号)まで読めるようになると、もう恐いものなしです。



中2でピアノを習い始める以前から、好きなピアノ曲を譜読みして、オルガンで独り気ままに弾くことが習慣にさえなっていました。



つまり、義務教育の授業を受けただけで、私は楽譜を読めるようになっていたわけです。



自分がそうだったから、日本中の子供たちも、小学校卒業するまでには、楽譜が読めるのは、当然だと、初めて教壇に立った頃の私は、信じて疑わなかったのです。



しかし、現実は大きく異なり、私が音楽の授業を受け持ってきた生徒の約8割は、楽譜がまったく読めなかったのです。



そのことに気がついたのは、歌唱指導をしているときです。



慣れ親しんだ曲を階名で歌わせようとすると、生徒たちの歌声が急に小さくなり、彼らはト音記号の簡単なドレミすら読めないことがわかりました。



中学生にもなって、ト音記号のドレミが読めないなんて、驚きました。



義務教育には、地域学校によって学習進度のバラツキが出ないように、文部省(文科省)から示された学習指導要領があり、それには、教科ごとに細かく指導内容と目標が、定められ、中学生の音楽の歌唱指導は、原則、移動ド唱法で、♯、♭が2つくらいまで、視唱ができることが明記されていました。



移動ド唱法とは、階名が始まる最初の音、すなわち主音のドは、調によって移動しますが、その読み方も移動させて歌うことです。



たとえば、ハ長調の主音はドなので、普通にドレミと読めば良いのですが、♭1つの長調、へ長調は、主音がファなので、ファソラシドレミファをドレミファソラシドと移動させて歌います。



そして、中学で原則、移動ド唱法ということは、小学校で、固定ド唱法で楽譜が読めるようになっている、ということが大前提なわけです。



しかし、現実は固定ド唱法どころか、ドレミさえもまともに読めないまま、生徒たちは小学校を卒業してきているのです。



「いったい、小学校の音楽の授業は何を教えていたのか?」算数や理科と同じように、音楽にも科学的な理論があるのに、音楽だけ軽んじられた扱いを受けたようで腹が立ちました。



けれども、目の前の、私の生徒たちの罪ではありません。彼らが、楽譜が読めないなら、読めるように指導するのが私の仕事です。



「子供のためのソルフェージュ」という小さな教則本を生徒全員に渡し、休み時間には、いつでも私のところに歌いにくるようにと、全員に言い渡して、個人指導を開始し、授業中には、毎回、私が作ったリズム譜(音の高さは一定)で、聴音し、音符の長さと、リズムパターンを教えていきました。



地道な努力ですが、やんちゃで、バンカラな男子生徒たちも少しずつ楽譜が読めるようになり、歌を聞き覚えしなくても楽譜から生徒たちが自主的に歌えるようになっていきました。



この取り組みを、音楽科指導者の集まりで発表したこともあり、賛否両論に分かれて、賛成の先生はごく少数でした。



私を否定した先生たちの意見は、「そんなことをしても無駄だし、利子先生にしかできない」と。



いくら否定されても、賛同者は少数でも、私は授業のやり方を変えずに、生徒全員が楽譜を読めるようになることを目指し、教員生活最後の日まで頑張り続けました。



家庭の事情で、私の教員生活はイタリア留学をはさみ11年で終わりましたが、今でも楽譜が読める一般の人たちが少ないことが気になります。


そこで、インターネット上の私の弾き語り動画には、楽譜をつけています。


楽譜は、コンピューターで手作りして、見やすい長さにレイアウトし、字幕のように、歌っているタイミングに合わせて少しずつ、出てくるようにしています。



教員時代と同じく、なかなか評価してくれる人もいませんが、私の動画で、楽譜が読める人が少しでも増えてくれればいいなと思いながら、日夜、作業をしています。



2023年4月29日

大江利子



(1988年 備前中学校職員室にて 筆者 )

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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