クーポラだより No.83~「見果てぬ夢」と森の女王の踊り~


スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスによって書かれた「ドン・キホーテ」は、小説の祖と言われた不朽の名作です。



1547年、マドリード近郊の大学都市の下級貴族の次男として生まれたセルバンテスは、少年時代から無類の読書好きで、彼の師の人文学者は、セルバンテスの才能を高く評価していました。



いつごろ、セルバンテスが「ドン・キホーテ」を書いたのかは、定かではありませんが、1605年「ドン・キホーテ」が出版されると、大人気となり、その年のうちに6版も出て、数年後には各国で翻訳され、世界中の人々を魅了してきました。



英訳は1612年、仏訳は1614年、邦訳は1893年(明治26年)です。



「ドン・キホーテ」の主人公は、初老の郷士アロンソ・キハーナで、郷士とは、田舎に住む、官職をもたない貴族のことです。



マンチャ地方の郷士、アロンソは、贅沢はできませんが、働かなくとも暮らせる身分で、買い集めた大好きな騎士物語を読みふける毎日を過ごすうち、現実と夢の見境がつかなくなってしまいます。



いつしかアロンソは、自分のことを、ドルシネア姫を慕う、遍歴の騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャだと思い込み、世の中の正義のために、愛馬ロシナンテにまたがり、サンチョ・パンサを家来に、手作りの鎧兜を身に付けて、冒険と修業の旅にでます。



風車を巨人と思い込み、闘いを挑んだり、鎖につながれた罪人を虐げられた人達だと勘違いして、解放したり、散髪屋が日除け代わりに冠っていた金属の洗面器を、黄金の兜マンブリーノだと言い張ったりと、珍騒動を繰り広げるアロンソとそれに振り回される人々を描写した「ドン・キホーテ」は、これまでにないユーモラスな本として、たくさんの人に読まれました。



時代が下るにつれて、小説「ドン・キホーテ」」は多方面の芸術家たちにインスピレーションを与え、彼らの作品の源泉となりました。



オペラ、交響曲、ミュージカルなど「ドン・キホーテ」は、いろいろな芸術に生まれ変わりました。



 ところで、それらの中で、私がもっとも好きなものは、アーサー・ヒラ―監督の映画「ラ・マンチャの男」です。



映画「ラ・マンチャの男」は、ブロードウェイで人気が続いた舞台を、1972年にミュージカル映画にしたものです。



主演男優は、「アラビアのロレンス」で国際的スターとなったイギリス俳優ピーター・オトゥール、主演女優は「ひまわり」で、マルチェロ・マストロヤンニと共演したイタリアの名花ソフィア・ローレンです。



サファイアのような瞳をもつ、貴族的な美男子のピーター・オトゥールが演じる、滑稽なほど正直なドン・キホーテと、傷つけられた野獣のような娼婦アルドンサを演じるソフィア・ローレンが織りなす会話や歌は、演技とは思えない迫力で、何度見ても惹きこまれてしまいます。



お楽しみのミュージカル・ナンバーは、「我こそはドン・キホーテ」に始まり、「アルドンサ」、「あの人が心配なだけ」など、血騒ぎ心躍る曲ばかりです。



特に、映画の中盤に、アルドンサから「あなたは、なぜそんなことをしているのか?」との問いかけの答えとして、ドン・キホーテが歌う「見果てぬ夢」は、心の奥深くに、優しく浸透し、勇気がでます。



我が家には、映画好きな夫がそろえた映像機器があるので、ミニシアターさながらに、夫と共に映画「ラ・マンチャの男」を幾度も鑑賞したものです。



しかし、ある時期から、私はこの映画を見なくなりました。



何度も見過ぎて、感動が薄まってしまった為もありますが、加齢とともに、夢や希望に対して冷静で計算高い自分の価値観と「見果てぬ夢」の世界観にズレを感じ始めたからです。



人生の折り返し点を過ぎたころから、これから実現しそうな夢だけを選んでいる、保守的な自分がいたのです。



しかし、先日、ピーター・オトゥール扮するドン・キホーテが「見果てぬ夢」を熱唱する姿を見たくなり、何年かぶりに、「ラ・マンチャの男」を鑑賞し、独りで、笑い、涙し、感動しました。



私が再び「ラ・マンチャの男」を見たくなった理由は、来月2月19日に、開催する「みんなの発表会」で、バレエ「ドン・キホーテ」の中から「森の女王」を踊るからです。



バレエの「ドン・キホーテ」の筋書きは、クローズアップされる部分が原作と、かなり異なります。



主役は、ドン・キホーテではなく、バルセロナに住む床屋のバジルと宿屋の美しい娘キトリです。



ふたりは相思相愛のカップルですが、キトリの父親が結婚に反対です。



そこに、遍歴の騎士ドン・キホーテが通りかかって、一助し、ふたりは結婚を許されます。



このバレエの中で、ドン・キホーテは脇役ですが、要所、要所に原作が反映されています。



私が踊る森の女王は、ドン・キホーテが風車と闘い、振り落とされて気絶した時に見る夢の登場人物のひとりです。



若く美しい妖精の女王などと、今年、数え年で還暦になる私が踊る役柄としては、図々しい気もします。



しかし、私も、オペラ、ピアノ、バレエ、物書きと、好きなことばかりをして暮しているアロンソ・キハーナのような毎日なので、夢と現実が混同したことにして、発表会本番は、森の女王に、なりきることにします。



ピーター・オトゥールが熱唱する「見果てぬ夢」に勇気をもらい、天国から私の毎日を支えてくれる夫に感謝して。



~見果てぬ夢~

見果てぬ夢を夢みて  かなわぬ敵と戦う

To dream the impossible dream To fight the unbeatable foe



耐えがたき悲しみに耐え 勇者も行かぬ場所へ走る

To bear with unbearable sorrow To run where the brave dare not go



正し難き不正を正し 清き純潔を遠くから愛する

To right the unrightable wrong To love pure and chaste from afar



君の両腕が疲れても挑み 届かぬ星に届かんとする

To try when your arms are too weary To reach the unreachable star



これぞ我が探求  あの星を追い求める

This is my quest  To follow that star



どれほど絶望的で どんなに遠くても~

No matter how hopeless No matter how far



2022年1月29日

大江利子

クーポラだより

幼い頃から、歌とピアノが大好き! ピアノを習いたくて、習いたくて.・・・。 念願かなって、ピアノを習い始めたのは、13歳。ピアノを猛練習し、 高校も大学も音楽科へ。就職も、学校の音楽の先生。夫、大江完との出会い。 イタリア留学。スカラ座の花形歌手、カヴァッリ先生の教え。33歳から始めたバレエ。 音楽が、もたらしてくれた、たくさんの出会いと、喜びを綴ったのが、クーポラだよりです。

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